にほんのせんきょ

コラムというカテゴリーを作ったのはいいが、そのコラムが一本もないことにきづいたいので、 なんか書いておく。

先日、統一地方選挙がありましたが、夏には参議院通常選挙が行われます。

衆議院では、自公が2/3の議席を確保しているので、そちらは安泰ですが、参議院はちょっと議席数が野党側に動くと、与野党逆転がおきます。
そうすると、与党にとっては、政権運営が難しくなり、通る法案も通せなくなる可能性も高くなります。
一方、野党では、主に民主党にとっては、政権交代の足がかりにしたいという思惑が強いです。

なにはともあれ、選挙の結果次第で、日本は動きます。

さて、その選挙ですが、日本の選挙は世界から見ると異常な光景にうつるようです。 

選挙期間中になると、日本各地で見られる光景としては、立候補者が自分の名前を連呼して走り回る選挙カーがお目見えします。
この光景は、世界を見渡してもありえない光景なのです。

昔から、地盤、看板、鞄と、選挙に勝つためには必要な3バンというのがあります。
地盤は、支持組織を意味し、看板は知名度を。鞄は、資金力を意味します。

支持組織には、労働組合といった組織から、いろいろな組織が支持にまわることがありますが、近年ではその影響力は低下しているとされています。ただし、公明党の母体組織でもある、創価学会だけは別ですが。

知名度が高いほど有利なのは、日本に限ったことではありません。
政策能力が選挙において比重が強い欧米でも、高い知名度というのは非常に有利に働きます。
例を挙げると、カルフォルニア知事選で勝利した、A.シュワルツネッガー氏は公開討論において、政策能力が低いと認知されていましたが、結果としては選挙に勝利します。
ただ、日本においては、知名度が高いということは、他の国よりも非常に有利に働くという事実があります。

資金力を意味する鞄ですが、選挙にはお金がかかります。以前ほどお金はかからなくなったとも言えますが、それでもお金はかかります。
かつて、選挙ともなれば資金力に物を言わせて、選挙区内に人員を配置して、選挙活動を行っていました。
公職選挙法で、制限はあるものの、資金力で有利な候補ほど、多くの人員が配置できたのは事実です。
故、政治と金に関する黒い話は、後を絶たないわけです。
(もちろん、これだけの理由ではないですが)

さて、日本の選挙の異常さを伝える、ドキュメンタリー映画が作成されました。
その名も、「選挙」。ずばりなネーミングです。
http://www.laboratoryx.us/campaignjp/

この映画は、実際に選挙に出馬した候補に密着し、日本の選挙がいかにおかしいものか、を訴えるものだそうです。
公開は6月だそうで、まだ見ていないので、感想を書くことは出来ませんが、先のプレミアで上映された観客の感想をテレビで見ましたが、彼らにとっては非常に奇異にうつったそうです。

それは何故かと言うと、日本のどぶ板選挙と呼ばれる、選挙活動の仕方が特にそううつったようです。
いわゆるどぶ板選挙というのは、知名度を上げるために、選挙カーで候補者の名前を連呼し、有権者と握手をすることで、顔を売る行為です。
欧米では、このようなことはしません。欧米の選挙活動では、政策論争が中心となります。
選挙中の公開討論会も、非常に多く行われています。
したがって、候補者はマニフェストを掲げ、公開討論会において持論を展開するわけです。

日本でも、近年はマニフェストを掲げる、候補者が多くなってきました。
しかしそれは、国政や知事レベルでの話しで、地方議会程度では、マニフェストよりも知名度を優先される傾向があります。
選挙の注目度において、それは仕方ないことなのかもしれませんが、重要なのは候補者がどのような考えをもち、どのような政策を打ち出すかということを、有権者は再度認識する必要があるのだとおもいます。

すこし、欧米偏重にとられるかもしれませんが、もうひとつ欧米と日本では大きく違う点があります。
それは地盤の話です。
欧米でも支持団体が、候補者および政党を支持することは多数あります。
政治資金として、多額の寄付をすることも多数あります。
このあたりは、日本もあまり変わらないのですが、欧米の場合は、新聞を中心としたマスコミが、候補者を支援することが多々あります。
これは、日本ではありえません。ただ政党機関紙とも言える新聞では、多少控えめではありますが、同じようなことをしています。基本的に政党機関紙は、政党支持者によって購読されているので、影響力は低いので、一概に同じとは言えないことは、明記しておきます。

なぜ、欧米ではそのようなことができるのかというと、新聞各紙は、それぞれ独自の政治的なスタンスをもっていて、それに基づき、政治記事の論調がかわってきます。
自分の政治スタンスと同調できる候補者を、新聞紙面で「これこれ、こういう理由で、わが社はこの候補者を応援します」とはっきり明示したりします。
これは、候補者が明確なマニフェストと政治スタンスを打ち出すから、可能なわけです。

わたしは、この欧米のマスコミが、候補者を支持することはよしとはしません。
マスコミの影響力は、マスコミが考えるよりも、強い力をもっているわけです。
こと日本においては、マスコミは正義と捉えられることが多く、新聞各紙が候補者支持を表明することは、よりいっそうの影響力をマスコミに与える結果となることが、目に見えているからです。

現状、日本の4大新聞は、こうした候補者支持を行うことはありません。
どちらかといえば、自らが黒またはグレーと思ったことを、一方的に批判するのが日本の新聞の特徴です。
そういう意味では、公平さがあるかのように見えます。
新聞紙上における、政治とのかかわりについては、今日はこれ以上深く掘り下げないことにします。
そのうち、書くかもしれません。

日本の選挙は、よりいっそうマニフェストと政治スタンスを中心とした、政策論争によって行われるべきであると、私は思います。
このためには、有権者がよりいっそう政治に関心を持つ必要が必要で、政治に対してしっかりとした考えを持つことが重要になってきますので、日々之勉強也。
しっかり勉強をしていきましょう。