ブログは衰退してしまうのだろうか?という疑問を持っている件

 日本にブログという言葉が入ってきたのは、2003年頃だと思う。Sixapart社のMovable Typeというウェブアプリケーションが、各自前サーバに設置されるようになり、サイトがMovable Typeで構築されるようになる。Livedoor Blogも確か、Sixapart社のMovable Typeのカスタマイズ版で構築されていたと記憶している。私が社会人となった、2002年にはまだ日本にはCMS(Contents Management System)という言葉が浸透していなかった。CMSというとかなり広範囲のシステムを指すので、ここではウェブコンテンツを管理するためのシステムの事を指すということを明記しておく。

 一般にそれまで、ウェブサイトの作り方と言えば、IBMのホームページビルダーだったり、MacromediaのDreamweaverだったり、AdobeのGo Liveだったりと、HTMLを組むためのソフトウェアから、HTMLファイルを生成して、FTPでウェブサーバにファイルを転送するというのが一般的であった。中にはHTMLをテキストエディタでべた書きして、FTPで転送している人もいた。現在ではそのスタイルはほとんど無くなって(皆無とは言わない)、ウェブアプリケーション上で記事を編集して公開するという仕組みが一般的であろう。

 Movable Typeが当時圧倒的に強烈な印象を残したのは、ほとんどの処理をサーバ側で行い、クライアント側はブラウザだけでいいんだ、というスタイルを定着させた事が大きい。 Movable Typeはその後、ブログシステムのシェアをwordpressに奪われる事となるのだが、Movable Typeが起こした革命はものすごく大きいものだと思っている。

Movable Typeが残したもうひとつのインパクトは、コメントとトラックバックの仕組みだ。それまでの多くのサイトは、サイトを観ている人とのコミュニケーションをとるための方法として、個別に掲示板が用意されていたり、HTMLチャットが用意されていたりしていた。Movable Typeの登場で、それら掲示板などの必要がなくなったのは大きな意味がある。

ティム・オライリーによって提唱されたWeb 2.0という考えがある。2005年頃からWeb 2.0という単語がいろんなところで言われるようになるが、Movable TypeはそのWeb 2.0を理解させるのに必要十分な機能を持ち合わせていた。いわゆるIT屋の周辺では時代はWeb2.0だよという空気が蔓延していた2005年から2006年、すでにMovable Typeに触れていた私は、「それって既にあるモノを、再定義しただけの話じゃねーのか?何が新しいんだ?」と思っていたわけだ。IT屋の営業ってのは、なんか新しい言葉でクライアントを騙すような側面があったりで、クライアントもクライアントで知ったかしたくて、「ああ、Web2.0ね。それですよね。」とよくわかっていないくせに、わかったふりをするなんともお粗末な状況で、「じゃ契約を」という流れに、社会の成り立ちを見るわけだ。

さて、話をブログに戻す。
HTMLを組んだり、サーバサイドのプログラムを設置したりして、サイトを構築するという作業は、それなりに敷居が高かった。まったくの無知では手に負えないレベルだったし、まして自分でプログラムを組んで、サーバに設置するなどはそれなりに勉強をしないと無理な話であった。ブログシステムは、今までサイトを構築したいと思っていた人でも、ある程度参入できるようになるほど、従来の敷居を下げたのは間違いないだろう。

敷居の下がった事で、従来では参加してこなかった人たちが、サイト運営側に回る。そして、ブログというシステムで表面化した問題が、ブログ炎上という現象なんだろう。

それまで似たようなことはなかったかといえば、全くそんなことはなくて、サイトが炎上するという事は度々あった。大抵の火元は、2chであったりするわけだが、ブログ以前はサイト運営者が炎上を目のあたりにするのは、外部に設置した掲示板だったりするわけだ。耐性のない殆どの人は、そこでサイトを閉鎖するわけだが、少し耐性がある人だと、掲示板を停止して、サイトは残しておくとか、それか掲示板を無視して何もなかったかのように振舞う。大抵の炎上は無視されると鎮火に向かうので、対策としては正しい。

ブログ時代になると、誰もがブログを始めて、炎上耐性の低い人が相対的に多くなる。そこで一旦炎上が起こると、どうなるか。対策としては、炎上は主にコメント欄で起きるので、コメントを停止、または閉鎖してしまう。

ブログ炎上は得てして、有名な人ほど起きやすい。普段の閲覧者の数も関係してくるが、得てして火元は確かにブログ上かもしれないが、焚きつけているのは、また外部だったりする。例えば、2ch。ある有名人が、慣れない政治的な発言をしたとしよう。それに反発する集団が一気にサイトに押し寄せ、馬事雑言を浴びせかける。一部はまともな反対論を展開する。一部は、ただ単純に面白いから意図的に炎上するように仕向ける。2chに炎上中というスレがいくつもたつと、それを見てさらに人が集まる。そして「記念眞紀子」とAAと共にコメントをポストする。

いくら有名人でも、目の前で批判やら、罵倒やら侮辱の言葉が並べば、それはきついものがあるだろう。直接的な対話が可能になる一方で、目にしたくないような言葉が並ぶ可能性もある。この事は、言論人やら知識人も問題だとする人が多かったように思える。ニュースの特集だったり、ブログとは?みたいなテレビ番組でも、紹介される対策として、そもそもコメントを受け付けない設定にするという手法が推奨されていた。だが私個人としては、それは違うのではないかという印象が強い。

ブログの定義は明確に定まっていないのだが、私のブログの定義はMovable Typeが提唱した機能であり、
1.記事を編集できる
2.閲覧者がコメントをすることが可能である
3.他のブログからトラックバックを受け付けることが出来る
この3つを要件を満たしてこそブログであり、コメントを完全に否定してしまっては、ブログではないのではないかという意識が強い。

ブログのコメントを停止してしまうことで、フィードバックがなくなり、ブログサイト上のコミュニティ性というものがどんどん薄れていってしまった。さらに輪をかけて、近年ではSNSやtwitterやらでコミュニティの場は完全に移行してしまった感が強い。

ある記事を書いた。しかし、この記事には、一部事実と異なる間違いがあった。コメントがオープンになっていれば、コメントでフィードバックを送ってもらうことで、訂正が可能だ。今ならなんだろうか、twitter経由でフィードバックが主流なんだろうか。twitterはまだしも、他のシステムとなると、システムが分断されてしまっていて、フィードバックが得られにくい状況になってしまっていないだろうか。
 また一般的にブログにコメント書き込むという行為自体が、twitterやらに置き換わり、フィードバックがされにくいという状況が進んでしまっているのではないかと思う。フィードバックはエゴサーチで今でも十分可能ではあるのだが、ある種不便になってしまったという印象を持つ。

 ブログを書いている人の多くは、コメントが欲しくてブログを書いているわけではないだろう。しかしなんらかの反応がないと、虚空に向けて言葉を投げ掛けている状態であって、それはそれで虚しいものではないのか?という疑問を持つ。アクセス解析でどの記事が人気があるとか、って事は分かっても、反論や意見、感想とかまではわからない。

 私が言いたいことを最後に一言でまとめると「炎上が怖くて拒否するくせに、ブログやってまーすとか言うな。コメント閉鎖しといてブログでーすとか言うな。それはブログじゃない!」って一言でまとめられなかった。