横須賀にも震災瓦礫受け入れを認める人はいるんだよ

震災がれき、処分済みは5%=広域処理進まず-環境省 (時事通信)
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012022100650

予想通りというか、実に困ったことです。このニュースを最初に見たのは、Yahooでなんですが、そこについていたコメントも実にアレな感じで、なんでも政府批判のネタにしたいというか、短絡的な人が多いというか。

時事通信の配信では、触れられていませんが、広域処理が進まない理由は、「瓦礫受入れに反対する住民によってなかなか進められない」というのが正解でしょう。私の住む神奈川県は横須賀市もそうです。黒岩県知事が瓦礫受け入れに手を挙げ、横須賀の芦品にある処分場に持って行くと表明した瞬間に、地元住人から大反対コールです。何度か対話の場というのが設けられたようですが、完全に対立する2極が対話をすると言っても、双方の言い分を投げっぱなしジャーマンなだけで、論争にもなりません。双方に理解する意欲がまったくないのですから。

私は広域処理は大いにすべきだし、横須賀に受入れてもなんら文句もないし、受入れるべきだと思っています。ですが、瓦礫受け入れ反対に対する反対活動をしようというモチベーションは持ち合わせていません。

積極的に瓦礫受け入れ賛成活動をするというモチベーションの原動力は何かと問われれば、正義感であるとか、負の共有であるとか、場合によっては利権という言葉に集約していくのだと思います。しかし私はそれらを何ら持ち合わせておりません。そしてそれは大部分の人がそうなんだとも思います。

一方で瓦礫受け入れに反対する人のモチベーションを一言で言い表せば「いやだ」に集約されていくのだと感じています。

その「いやだ」という意識はどのように形作られていくのかを考えたときに、「大型ダンプがぶんぶん走っていくから危険である」「環境汚染による健康問題」等の理由が挙げられる場合がほとんどだと思いますが、それは「いやだ」という感情が先行して理由は後付けなのではないのかと思うことが多々あるのです。こういうのって難しい言葉で表現出来たと思うが、ボキャブラリーに乏しい私には表現できませんでした。はい。

この「いやだ」という感情は、モチベーションの源泉としては十分すぎるほど強力なんだと思います。私も「いやなものはいや」ということもありますから、それは理解できます。

そうすると、「モチベーションの薄い人たちvsモチベーションの濃い人たち」の戦いになったとき、モチベーションの薄い人たちは早々に戦意喪失しますよね。もともとの士気が低いんですから。

そしてもうひとつ問題を挙げるとすると、この手の反対運動というのは本当に声がでかい。声がでかいから、問題意識を持っていない人にとっては煩わしいし、真っ向勝負などしない。はいはいと受け流し、そしてお任せします状態になる。

横須賀“がれき焼却灰受け入れ困難” (NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120221/t10013173481000.html

このニュースではなくて、数日前のニュースでは地元町内会は全会一致で瓦礫受け入れを反対を決めたとあるが、その場に参加していたわけじゃないから想像の範囲でしか言えないが、全員が全員積極的に反対したものとは思えない。が、地域コミュニティの半数ぐらいは鮮明な反対の立場だったとして、残りの人はどうでもいいか、賛成になるはずだが、全会一致です。これは反対じゃない人も反対に回らざるを得ない「空気」に支配されたとのではないかと危惧しています。

今日のところはここいらで締めるが、最後に「横須賀にも瓦礫受け入れを賛成する人がいる」と言うことは記憶にとどめておいてください。